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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)187号 判決

原告

裏定己

右訴訟代理人

池内正治

新井重明

被告

神奈川県選挙管理委員会

右代表者

安井常義

右訴訟代理人

萩原博司

右指定代理人

石井幸太郎

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二そこで右九二三票が紛失状態になつた経緯等につきさらに検討する。

〈証拠〉によると、被告主張の一の事実が認められ、これに反する証拠はない。

また、右各証拠を総合すると、本件選挙の開票手続は、開票管理者兼選挙長小坂藤若管理の下に、本件選挙会の事務と合わせて、同年五月九日午前八時から同日午後六時四二分まで開票所に当てられた鎌倉市立御成小学校一階講堂において行われたところ、右開票事務がほぼ終了に近づいた同日午後二時半頃開票管理者、開票事務従事者らは、投票された票数に較べて開票された票数が九二三票足りないことに気付き、投票数、開票数等の再計算、投票箱等の使用器具の点検、右講堂内の探索を行つたが、右の原因をつきとめることができず、結局選挙会においてこれを前記のように九二三票の持帰り票として処理したこと、しかし実際は、右九二三票は本件開票作業の一環たる大分類の作業(開披された投票をビニール製角型の投票整理籠一〇ないし一五個を用いてア行、カ行、サ行、タナハ行、マヤラワ行の五つに分類する作業、これを経て更に候補者別の分類作業が行われる)中、開票事務従事者の過誤により右籠の一つの底に残されたままその上に別の右籠が重ねられ、これらの籠とともに右講堂の片隅に取片付けられてしまつていたこと、そのため右票は別表(6)欄のとおり三票を除いてすべてカ行の候補者の票であつたこと、前記の講堂内の探索の際、開票事務従事者らは右投票整理籠にまで気がまわらず、これを点検しなかつたため発見されるに至らなかつたこと、当日開票事務従事者以外の者が参観者席の仕切りをこえて、みだりに開票場内に立入る等開票所の秩序に異常があつた形跡はないこと〈証拠判断略〉、以上が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

三進んで、右九二三票のその後の所在、保管状況、これの発見の経緯等につき検討する。

〈証拠〉によると、被告主張の二、三の事実を認定することができ、これに反する証拠はない。

また、右各証拠を総合すると、右九二三票は、前記投票整理籠の底に残され、その上に別の籠が重ねられているため、何人にも気付かれずに、同日夕刻本件開票所出口において、これらの籠及び他の選挙資器材とともにトラツクに積込まれ、同トラツクに数名の選挙事務従事者が添乗して同所から約五〇〇メートル離れた鎌倉市役所まで運搬され、同市役所庁舎一階の市選管専用倉庫に搬入され、そのまま重ねられた前記籠とともに同倉庫内の奥まつたところに格納されたこと、同倉庫は常に施錠され、その錠は西田司良選管事務局長が保管し予備錠は守衛室に保管されていたが、同倉庫が市選管職員以外の者により開けられたことはなく、その後同年六月六日午後八時三〇分頃までの間倉庫に出入した者は、同年五月一〇日から同月一七日までの間に本件九二三票の不足の原因を調査する目的で選挙人名簿、入場券等を点検するため入つた市選管職員と応援の市職員及び同年六月一日収納してあるビニールマツトを洗浄する目的で搬出した業者の従業員三名(その際は市選管職員が立会つた。)だけであつて、右の期間中本件九二三票の入つた籠には何人も手を触れることがなかつたこと、右六月六日午後八時三〇分頃、市選管係員が翌七日午前一〇時から開始が予定されていた本件選挙の異議申出の審理として市選管による投票再調査に使用するため前記開票時に大分類に使用した籠等二十個を、数個づつ重ねたまま同倉庫から再調査会場に当てられた同庁舎二階の同市彼所講堂まで運んだのであるが、この際右九二三票の入つた籠も他の籠の間に重ねられたまま、何人にも気付かれずに同講堂に搬入され、そのまま机上に置かれたこと、その直後同講堂の扉は右係員によつて施錠され、翌七日の朝右再調査の準備のため選挙事務従事者が右扉を開けるまでは何人も同講堂に立入らなかつたこと、同日午前九時五分前頃同所で会場準備に当つていた選挙事務従事者により前記のとおり前記籠の一個の中から右九二三票が発見され、直ちに市選管事務局長にその旨報告されたので、同事務局長は市選管委員長に計り、これを安全な場所に移すべく、右籠の上下に他の籠を重ね、同庁舎内の市長特別応接室に搬入したこと、右特別応接室は、一般通路とは中廊下をもつて隔てられ、一般通路からのドアと右室のドアと二重に閉じられているものであり、右搬入後右の各ドアは施錠されたこと、前記講堂における再調査のための事情聴取が終つた同日午前九時時三〇分頃市選管委員全員が同室に参集し、立会のうえ市選管職員が発見票を数えたところ九二三枚であつたこと、同日午後四時頃前記再調査会場において市選管委員長が右九二三票が発見された旨を発表したところ、調査立会人らから直ちにその内容を発表せよとの要望が強かつたため、市選管委員及び当日の参考人(開票日の立会人)九人が立会のうえ、同票の点検を行つたところ、その結果は別表(6)欄記載のとおりであつたこと、以上の状況の推移の下にあつたので、前記開票場から搬出された以後これが発見され、市選管により点検された時まで、右の九二三票に不正行為が加えられる余地がなかつたこと、さらに、本件選挙のために作成され、使用されなかつた一般投票用紙は紛失することなく、全て市選管に保管されており、市選管が神奈川県警察本部鑑識課及び右用紙を印刷した株式会社三光堂印刷所の軽部昇に依頼した鑑定の結果によれば、右の発見にかかる九二三票については用紙のすりかえ、文字の抹消、加筆、同一候補者につき同一筆跡のなかつたこと、以上が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

四以上に認定、説示した事実よりすれば、右九二三票が何人かによつて故意に隠されたり、これに不正行為が加えられたりした形跡のないことが認められるけれども、本件開票管理者小坂藤若は、開票事務従事者の過失により右九二三票を紛失し、これらの票につき開票手続をしなかつたものであり、このことは右の事情にかかわりなく選挙の管理執行の続に関する公職選挙法の規定に違反するものであることは前記のとおり明らかである。

五そこで、本件において、右の選挙規定の違反により本件選挙の結果に異動を及ぼす虞が生じたか否かについて判断する。

右九二三票は前記のとおり開票手続を経ていないものであるから、これを各候補者の有効得票とすることはできない。

しかし、本件において、右の選挙の結果に異動を及ぼす虞の有無を判断するについては、右九二三票は前記のとおり偶然にではあるが、投票されたままの状態で後日全部発見回収され、これの点検、調査が可能なのであるから、これらの票に基づき、これに正しく表示されている本件選挙における選挙人の意思を把握し、右の各票が正規の開票手続を経て、右候補者の有効得票とすることができたならば本件選挙の結果は既に決定された結果とは異るものとなつた可能性があるか否かにつき具体的に検討するのが相当である。けだし、本件の場合、前記選挙に関する規定の違反は稀にみる重大な失態というべきであるが、右九二三票に不正行為の加えられた形跡のないことは前記のとおりであるから、これらの票を開票手続を経ていないことの一事により当然に帰属不明のものとせず、これらにつき有効票と認められるものを一応各候補者の有効得票に加算し、右の結果が本件選挙の結果に異動を生ぜしめる虞のあるものであるか否かを考察するのが、投票の結果に表明された選挙人の意思を尊重するゆえんであり、これが選挙の公正を損う結果を招くものでもないと思料されるからである。

したがつて、右九二三票を帰属不明のものとすべきであるとする原告の主張は採用できない。

而して、市選管は、その発見にかかる右九二三票につき同年六月七日の再調査会場において、これを点検調査し、その結果が別表(6)のとおりであつたことは前記のとおりであり、〈証拠〉によれば、同年七月二九日に開催された市選挙管理委員会において、さらに右九二三票が点検、調査され、その結果は、無効投票と認められるものはなく、別表(6)欄記載のとおりであつたことが認められる。なお、右の点検、調査は開票手続ではないから、それが開票手続と同一の手続によることなく行われたとしても、その効力を論ずる必要はない。

以上の事実によれば、本件九二三票の内容はその投票当初から別表(6)欄に記載されたとおりであつたと認めることができるので、これを前記のとおり、各候補者の有効得票に加算すると同(7)、(8)欄記載のとおりとなり、その結果は、計数上同(9)欄記載のとおりとなる。したがつて、右の結果は本件選挙の候補者の当落に異動を来たさないものであることが明らかであり、他にこの判断を左右すべき資料はない。よつて、本件選挙は、右九二三票の開票手続を実施しなかつたことにおいてその管理執行につき選挙の規定に違反したものであるが、右の違反は本件選挙の結果には異動を及ぼす虞のあるものではなかつたというべきである。

六以上のとおりであるから、原告の本訴請求は右の点で理由がなく棄却を免れないものである。

(外山四郎 海老塚和衛 鬼頭季郎)

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